エスペラント四方山話(よもやまばなし)

Rakontoj de Diversaj Temoj pri Esperanto

エスペラントの旗 緑星旗


連載を始めるに当たって
私は、大学を卒業して社会人になって数年、エスペラントに関わっていましたが、仕事が多忙のため、。エスペラントから離れて、15年ほどになります。岩手にUターンして、再び、エスペラントを始めました。
復帰して今感じているのは、15年前と比べて一般的にエスペラントの存在、そして、トリビア的な知識もあまり、知られていなくなったことです。
私についてで恐縮ですが、小学校6年生(ちなみに私は1961『昭和36』年生まれです)の時には、書店でもエスペラントについての本(例えば、岩波新書の「エスペラントの父 ザメンホフ」や白水社のクセジュ文庫の「エスペラント」など)があり、さらに、BCL(海外短波放送聴取)ブームでエスペラント語放送の紹介もありました。
さらに、中学生の時には、岩波新書から「危険な言語」が発行され、私が高校を卒業した1980年には、井上ひさしさん(作家、東京岩手県人会現会長)の宮沢賢治とエスペラントの関係を描いた「イーハトーボの劇列車」が初演され、TBSテレビ(岩手では岩手放送)では、栗原小巻さん主演で日本人女性エスペランティスト(エスペラント語者)の長谷川テルさんを描いた「望郷の星」が放映されました。よって、私がエスペラントを始めた大学時代は、今より、エスペラントを知ってる方が多く、エスペラントサークルでの普及・学習活動では、「エスペラント語は知っているが、本当に使われているのか?学習して何の利益になるのか?」が主な話題であったことを懐かしく思います。
当時と比べ、今は、どうでしょうか。エスペラントの存在さえも知らない人々が増え、と同時に、エスペラントについての様々な歴史の出来事、話題、エピソードが忘れられつつあるのではないかと危惧しています。この連載によって、それらを掘り起こし、現在、そして、これから、エスペラントを学ぶみなさんへの糧とし、特に、岩手でのエスペラントと岩手出身のエスペランティストの話題・歴史を掘り起こしたいと思います(テレビ番組「トリビアの泉」などのネタにもなることができるように)。
しかし、私一人、そして、当会だけの力では、できるものではありません。読者のみなさまのご意見、質問、ご指摘、新たなエピソード(岩手に限らず)がありましたら、下記の連絡先にメールをください。当会会員以外の投稿も歓迎します。なお、この連載は、エスペランティストでない方々を対象としていますので、日本語でお願いします。
なお、連載は筆・編者の都合で不定期とさせていただきます。
2003年9月30日 佐々木 昌広
連絡、投稿はこちらまでprosumo@symphony.plala.or.jp

目次
公開日表題
2003年9月30日エスペラント愛称がついた
銀河ドリームライン(JR釜石線)
2003年10月5日「賢治小景-エスペラント」
(朝日新聞岩手版のみ2003.9.27付 Webでの掲載終了)
2003年12月1日エスペラント界の行事
2004年2月17日エスペラント界の恩人・新渡戸稲造
2004年2月18日「イーハトーヴォ」はエスペラントか
2004年2月24日戦火の中のエスペラント 第1次世界大戦にて最新情報
近日公開エスペラントによる通信活動

公開日 2003年9月30日火曜日


最終更新日 2004年2月24日火曜日


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